すきやきの歴史


 関西が発祥の地と言われているすき焼き。
明治維新のイメージがあるすき焼きの歴史ですが、江戸時代の終わりに誕生したと言われています。
今食べられている牛肉は、すき焼きには外せないものとなっていますが、牛は食べることを禁じられていました。
肉の代わりに魚を具材としていたという、すき焼きの歴史があります。
 
すき焼きの原点とは
 
江戸時代に、畑作業の合間に農作業に使う鋤(すき)を使って、魚や豆腐、野菜を焼いて食べていたことがあります。
鋤で焼くことから「鋤焼」と呼んでいたそうです。
これが、すき焼きの始まりとも言われています。
しかし、牛や馬の肉を食べてはいけないという決まり事も、お腹を空かせている状態の庶民には効き目はありません。
肉を食べない昔の風習から、こっそり捕らえたイノシシやシカを、鋤焼にして食べていたという説も。
江戸時代にも料理のレシピ本が存在していた
 
料理は目で見て覚えるものと言われていますが、1801年に書かれた「料理早指南」と、1832年に書かれた「鯨肉調味方」の中に、鋤焼について記述してある一説が残されています。
鋤焼は、牛を使わずに鴨や鯨を使っていたと記されているそうです。
今も昔も料理は目で見るだけでなく、書物でも覚えることが出来るという共通点は、時代を身近に感じることが出来るでしょう。
明治天皇がすき焼きの火付け役だった?
 
時代が変わり文明開化の流れから牛肉が解禁され、すき焼きの歴史も変わり始めます。
牛肉を入れて食べるという風潮は、徐々に広まったと言われていますが、その火付け役は明治天皇だったと言われているのです。
牛肉入りのすき焼きを、明治天皇がお召し上がりになったことが世間に広がり、現在のような牛肉入りのすき焼きが主流となっていきました。
関東では「牛鍋」と呼ばれていたこともあり、関西と関東の違いも興味深いものがありますね。
関西が発祥のすき焼き
 
すき焼きの歴史を辿ると、発祥は京都。
鉄鍋に牛脂を引き、肉を先に焼いてから野菜を甘辛醤油で煮て頂く、関西のすき焼き。
もちろん、牛肉が解禁されるまでは魚や鳥肉を食べていたと言われています。
水を加えないという、本来の素材の味をそのまま活かした味わい方は、家庭の味としても全国区に広がっていきました。
世界に比べたら狭い島国の日本ですが、地方によってすき焼きの調理方法や具材は様々。
関西のすき焼きは、地方ごとにアレンジされたオリジナルのものへと変わっていきました。
すき焼きの歴史に牛肉は欠かせないものですが、牛肉が高価な食材ということや、牛の独特の臭みが慣れないという人もいるため、豚肉や鶏肉を使用する家庭も多かったと言います。
卵と牛肉で高級料理
 
そのまま食べる人もいれば、溶いた生卵に絡めて食べることもありますよね。
溶いた生卵に味が染み込んだ長ネギや牛肉を絡めて食べると、まろやかな味わいが楽しめます。
この生卵に絡めて食べる方法も、文明開化の頃ではないかと言われています。
卵と牛肉は高価な食材ということもあり、二つの食材が加わったすき焼きは、庶民の中での高級料理の一つでした。
軍鶏鍋に似せた食べ方だという説もあれば、熱い具材を食べやすくするためという説もあり、真実は明らかにされていませんが、美味しい食べ方として今も好まれています。
すき焼きの歴史は、比較的近い文化のような気がしますが、改めて学んでいくと長い道のりがあったことがわかります。
鉄鍋があると見た目ももちろんですが特別感があり、さらに美味しく堪能できるのではないでしょうか。
サビないように、洗った後はしっかり水分を取り除きます。
 
今でもすき焼きは、豪華な鍋料理として喜ばれるメニューです。
そろそろ寒くなってきたので美味しいお肉を使ってすき焼きをしたいですね。
 

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